大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和39年(行ウ)5号 判決

原告 石橋晴義

被告 長崎税務署長

訴訟代理人 高橋正 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟復代理人は、「被告が昭和三七年九月二〇日付でなした原告に対する昭和三六年分所得税更正処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎの一ないし三のとおり述べた。

一、被告は、昭和三七年九月二〇日付けをもつて、原告に対する昭和三六年分所得税更正処分をし、同処分の通知は、昭和三七年二月二日、原告に到達した。右処分によると、課税総所得金額および税額は、原告のそれらの確定申告額が零であつたのに対して、それぞれ六六六、四〇〇円および一〇五、五〇〇円と更正され、更正された原告の所得金額には、訴外溝田ミネに対する金三六万円の家屋賃料請求権(以下単に本件賃料請求権という)が算入されていた。そこで、原告は、右更正処分を違法であるとして、昭和三七年一一月三〇日、被告に対し、再調査の請求を行つたが、其の後三ケ月以上決定がなされなかつたため、右の再調査の請求は、訴外福岡国税局長に対する審査の請求とみなされ、同国税局長は、昭和三八年一二月一〇日付で、その審査の請求を棄却するとの決定をし、原告は、昭和三九年一月七日、その決定を知つた。

二、しかし、被告が、右更正処分において、本件賃料請求権を原告の所得金額に算入したのは違法である。

(一)  すなわち、本件賃料請求権の主体は、訴外石橋正敏、同石橋賢二郎、同石橋尚子の三名であるから、原告の所得金額に算入されるべきではない。

(二)  また、本件賃料請求権は、当時、右訴外人ら三名と前記溝田ミネとの間の長崎簡易裁判所昭和三六年(ハ)第一〇一四号事件において、その存在が争われていたものであつて、その存否は、右事件の裁判の結果をまたなければ、確定しなかつたものであるから、これを収入の確定した金額として所得金額に算入することは許されない。

(三)  仮りに、以上(一)(二)がいずれも理由がないとしても、訴外石橋正敏、同石橋賢二郎、同石橋尚子の三名は、昭和三九年一月三〇日、前記溝田ミネに対し、本件賃料請求権(昭和三六年一月分以降同年一二月分まで合計三六万円)を含めた総計金六九万円の家屋賃料請求権を放棄する旨の意思表示をなし、その結果、現在では、本件賃料請求権は、ついにその満足が得られることなくして消滅するにいたつたのであるから、この額は課税総所得金額から当然控除されるべきである。

三、それで、原告は、被告の違法な右所得税更正処分の取消しを求めるため、本訴におよんだ。

被告指定代理人らは、主文同旨の判決を求め、答弁として、つぎの一ないし三のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因第一項の事実は、そのうち原告主張の金三六万円の全額が未収のいわゆる請求権であつたとの点を除いて、その余を認める。右の金三六万円は、原告においてすでに昭和三五年中に前記溝田ミネから収入した昭和三六年一月分の家屋賃料金三万円と同年二月分から同年一二月分までの同訴外人に対する未収家屋賃料合計金三三万円との総計額である。

二、同第二項の(一)ないし(三)の各事実(法律上の主張は除く。)は、いずれも知らない。

三、本件更正処分には、原告の主張するような違法はない。

(一)  右の既収並びに未収家屋賃料についての所得税の納税義務者は、原告であつて、その根拠は、つぎの(1) ないし(3) のとおりである。(1) 原告は、昭和三五年三月一日、自己が貸主となり訴外溝田ミネを借主として、長崎市鍛治屋町甲四三番地にある建物「浜荘」約延三〇〇坪の内階下西側一〇坪につき、賃貸借契約を締結した。(2) 原告は、昭和三五年分所得税確定申告において、右契約にもとづく前記溝田ミネに対する同年分の賃料を原告の収入として申告している。(3)所得税法上、扶養親族は所得金額五万円以下であるものに限られているところ、原告は、その昭和三五年分および昭和三六年分の所得税確定申告において、前記石橋正敏、石橋賢二郎、石橋尚子の三名をいずれも原告の扶養親族として申告している。

(二)  所得税法上、不動産所得の収入金額は、収入すべき権利の確定した(確定の時期は賃料の各弁済期)金額をいうものであつて、現実にそれが収入されたか否か、もしくはその請求権が裁判によつて確認されたか否かは、問うところではない。

(三)  仮りに、前記の未収賃料請求権が放棄されたとしても、所得税法第二七条の二の規定により一ケ月以内に更正の請求がなされなければならないところ、原告においては、その手続きをしていない。〈省略〉

理由

原告主張の請求原因第一項の事実(ただし、金三六万円の全額が未収のいわゆる請求権であつたか否かはおく、)は、当事者間に争いがない。

そこで、本件所得税更正処分につき原告が取消事由として主張するところのものを順次判断する。

まず、原告は、訴外溝田ミネに対する家屋の賃料の請求権の主体は、原告ではなくして、訴外石橋正敏、同石橋賢二郎、同石橋尚子の三名であつたからこれについての所得税の納税義務者もまた原告ではなくして、右訴外人ら三名であつたと主張する。しかし、不動産賃料についその所得税の納税義務者とは所得税法上、その賃料の支払いを受ける所得者をいうものと解するのを相当とするところ、成立に争いのない乙第四号証によると、原告は、昭和三五年三月一日、自己が賃貸人となつて、前記溝田ミネに対し、長崎市鍛治屋町甲四三番地の建物「浜荘」延坪約三〇〇坪のうち階下西側一〇坪を賃料は一ケ月につき金三万円で毎月一日にその月分払いの約定で賃貸したことを、同じく成立に争いのない乙第三号証によると、原告は、昭和三五年分の所得税確定申告において、前記の溝田ミネとの間の賃貸借契約にもとづく昭和三五年分の賃料を自己の収入として計上していることを、さらに同じくいずれも成立に争いのない乙第一、二号証によると、原告提出の昭和三五年、昭和三六年分の所得税確定申告書においては、前記石橋正敏、石橋賢二郎、石橋尚子の三名がいずれも扶養親族(所得金額が五万円以下の者に限られることは、所得税法上いうをまたないところである。したがつて、各人の所得月額が四、一六七円以下になることが計算上明白である。)とされていることをそれぞれ認めることができ(これに反する原告本人尋問の結果は、前記の各証拠に照らして信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、これらの事実に弁論の全趣旨を総合して考えると、原告は、昭和三六年分の当時においては、前記賃料の支払いを受ける所得者、すなわち所得税法上の右賃料についての所得税の納税義務者にあたるものと認めるのが相当であるから、本件更正処分には、その点についてなんらの違法はなく、したがつて、原告の右主張は、理由がない。

つぎに、原告は、前記の金三六万円は、すべて未収金であり、しかもその請求権の存否については当時訴訟で争われていたのであるから、これを原告の所得金額に算入することは違法であると主張する。しかし、前記賃料の月額が金三万円(年額金三六万円であることが計算上明らかである。)であり、その弁済期の定めが毎月一日の前払いであつたことは、さきに認定したとおりであるところ、仮りに原告主張の右事実が存したとしても、所得税法上、不動産賃料の収入金額とは、賃料の各弁済期を経過して収入すべき権利の確定した金額をいうものであつて、現実にそれが収入されたか否か、もしくはその請求権の存在が裁判によつても確認されたか否かは、問うところではないものと解するのを相当とするから、本件更正処分における前記金三六万円の原告の所得金額えの算入については、そこになんらの違法はなく、したがつて、原告の右主張は、理由がない。

さらに、原告は、前記の金三六万円はすべて未収金であつたところ、訴外石橋正敏ほか前記の二名の者は、昭和三九年一月三〇日前記溝田ミネに対して右の未収金請求権を含む賃料請求権を放棄する旨の意思表示をなし、その結果右の未収金請求権は未収のままに消滅したから、その額は課税総所得金額から控除されるべきであると主張する。しか仮りに原告主張の右の請求権放棄の事実が存したとしても、所得税法は、その第二七条の二において、そのような場合は一ケ月以内に更正の請求をしなければならない旨規定しているところ、原告においてその手続きを履践したことを認めるべき証拠はないから、原告の右主張は、理由がない。

しこうして、その他本件更正処分にはこれを取り消すべき違法の存することを認めるべき証拠はない。

そうすると、被告のなした本件更正処分に原告主張の違法事由が存するとしてこれが取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝 原政俊 水谷厚生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例